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名古屋地方裁判所 昭和51年(ワ)2437号 判決

原告 日本寿健株式会社

右代表者代表取締役 的場民治

右訴訟代理人弁護士 伊藤宏行

同 青木俊二

右訴訟復代理人弁護士 鈴村昌人

被告 海洋牧場総合販売株式会社

右代表者代表取締役 桜井昌一郎

右訴訟代理人弁護士 古川祐士

主文

一、被告は、原告に対し、金一〇、三六九、六七〇円及びこれに対する昭和五〇年六月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四、この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一三、二三七、二三〇円及び内金一〇、三六九、六七〇円に対する昭和五〇年六月一日から、内金二、八六七、五六〇円に対する昭和五一年一一月三〇日から、それぞれ完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原被告は、共に健康食品の販売を業とする会社であるが、昭和五〇年一月、原告は被告からその販売にかかる深海鮫エキスを五年間継続的に供給販売を受ける契約を結び、取引していたところ、昭和五〇年一二月一日被告は原告に対し、左記の販売促進奨励金を現金で支払うことを書面で申し込み、原告はこれを承諾した。

2(一)  当年六月一日から翌年五月三一日まで一年間の取引高により左記の基準で算出する。

(二) 年間売上五〇〇万円以上の場合には五パーセント、同一、〇〇〇万円以上の場合には八パーセント、同五、〇〇〇万円以上の場合には一〇パーセントの奨励金を支給する。

奨励金に対して年五パーセントの利息を付する。

(三) 右奨励金は、五年間据置後支払う。

3(一)  昭和五〇年一〇月一日から同五一年五月三一日までの奨励金は、総額一〇、三六九、六七〇円であった。

(二) 原告は、被告から同五一年六月一日から同月一五日まで合計金三五、八四四、五〇〇円を買受け、右売上げに対する奨励金は、右金額の八パーセントの金二、八六七、五六〇円である。

4  販売促進奨励金の五年間の支払据置措置は、原被告間の五年間にわたる継続的取引の存続を前提にしたものであるが、被告は昭和五一年六月一六日原告に対する製品の販売を停止したことにより、継続的取引は中断され、よって、右奨励金の弁済期が到来した。

5  よって、原告は被告に対し右奨励金合計金一三、二三七、二三〇円及び内金一〇、三六九、六七〇円に対する弁済期である昭和五〇年六月一日から、内金二、八六七、五六〇円に対する訴状送達の翌日である昭和五一年一一月三〇日から、それぞれ完済に至るまで年五分の割合による利息金の支払を求める。

二  本案前の抗弁《省略》

三  請求原因に対する認否《省略》

四  抗弁

1  奨励金制度の撤回

被告は、昭和五一年六月初旬頃奨励金制度を昭和五〇年一〇月に遡り撤回することとし、その旨原告を含む各取引先に通告した。本件奨励金制度は被告の一方的意思表示によるものであり、かつ、恩恵的なものであるから、被告において撤回の自由を有する。

2  条理上の撤回

被告は昭和五一年当初に、原告をも含む各取引先に対し、全国各地域に販売会社を設立することを企画提案したところ、原告は、この企画に反対するばかりでなく、被告の販売商品と類似の商品の販売を秘かに準備し、被告及びその関係者について、もっぱら中傷・非難を内容とする興信所調査を行なって、この調査報告書を第三者に配布したり、原告製品販売にあたって被告のパンフレットの内容を盗用するなどして、被告の業務を防害し、信用を毀損したものである。

このような原告の背信行為によって、原被告間の相互の信頼関係は、破壊されるに至ったのであるから、本件奨励金の支払を撤回する。

3  仮に、本件奨励金の支払が贈与であり、書面による贈与であってその撤回が認められないとしても、前記の事情に加えて、原告は奨励金の支払を期待したものでなく、本訴訟は被告の地域販売会社設立運営に対する妨害的意図をもってなされたものであること、更に、形式的には奨励金制度撤回の通知を受けていることなどの事情を総合すれば、原告の本訴請求は権利の濫用であって許されない。

4  仮に、右主張が許されないとするも、前記の事情を理由に販売奨励金支払契約を解除する。

《以下事実省略》

理由

一  本案前の抗弁について

原告の本訴請求は、奨励金支払時期が既に到来したことを前提にその支払を求めるものであるから、被告のいうごとく将来の給付を求める訴ではなく現在の給付を求める訴であることが明らかである。従って、被告の本案前の抗弁は理由がない。

二  請求原因について

1  請求原因第1項の事実のうち被告が現金で支払う旨約したとの点、原告が承諾したとの点、及び、原被告間の取引が継続的供給契約であるとの点を除いては当事者間に争いがない。

まず、原被告間の取引について考えるに、原告はこれを被告において継続的供給義務を負担する継続的供給契約である旨主張し、証人長瀬英曉、原告代表者的場民治はいずれも右主張に副う供述をしているが、右供述部分はたやすく措信できず、《証拠省略》も必ずしも右主張を裏付けるものではなく他に右主張を肯認するに足りる証拠はない。

もっとも、《証拠省略》を総合すれば、深海鮫エキスマリンゴールドを一定期間取引する旨の基本取引契約が存していたことが推認できる。そうとすると、原被告間の取引は右基本契約のもとに繰返えし個別の売買契約が締結される取引であると解するのが相当である。

次に原告の承諾の有無について考えるに、原告が被告に対して明示の承諾をしたことを認めるに足りる証拠はない。

しかしながら、《証拠省略》を総合すれば、本件奨励金制度は、原被告間の前記基本契約の存在を前提として設けられたものであって、取引商品の販売促進、拡張をはかる意味合を有していたことが認められる。とすれば、原被告間の平常の取引と密接不可分の性質を有していると認められるから、被告の奨励金給付の申込みは被告の営業の部類に属する契約の申込みと考えられるので、これにつき原告が遅滞なく諾否の通知を発することを怠ったのであるから原告は右申込みを承諾したものとみなしうる。従って、本件奨励金支払契約は有効に成立したものというべきである。

進んで、被告が現金で支払う旨を約したのか否かについて考えるに、被告は本件契約は、現金による支払と、商品による支払を選択的に行使しうる選択債権である旨主張し、《証拠省略》によれば、確かに選択的に行使しうるがごとき記載が認められる。

しかしながら、商品支給の場合というのは、原被告間の基本取引関係が存在していることを前提にしているものと解すべきであるから、基本契約にもとづく個別契約が途絶え基本取引関係が中断されたような場合にはもはや選択権を行使できず現金による支払に限定されると解するのが相当である。

2  請求原因事実第2項については、当事者間に争いがない。

3  請求原因第3項の事実のうち、(一)については、《証拠省略》によってこれを認めることができる。右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)については、これを認めるに足りる証拠がない。

4  請求原因第4項について

《証拠省略》を総合すれば、昭和五一年六月中旬原告の注文に対し被告が出荷を拒んだことにより原被告間の取引が中断したことが認められ(る。)《証拠判断省略》

ところで、被告は、取引の中断をもって奨励金の弁済期が到来するものではなく五年間の据置期間の存在は未だ有効である旨主張する。

しかしながら、本件奨励金制度は、既述のごとく、原被告間の取引促進、拡張を目的としたもので、原被告間の継続的取引関係を前提に奨励金支給の五年間据置を定めたものといえるから、原被告間の取引が被告の不履行により中断されたにかかわらず、五年間据置を認めることは不当に被告の利益を擁護するもので当事者の意思に合致しないものといえるから、取引の中断によって弁済期が到来するものと解するのが相当である。

三  抗弁について

1  奨励金制度の撤回について考えるに、《証拠省略》によれば、被告は昭和五一年六月初旬頃奨励金制度を昭和五〇年一〇月に遡って撤回することとし、その旨原告を含む各取引先に通告したことが認められる。

しかしながら、前認定の奨励金支払契約はその実質において過去の業績に対する報酬ないしはリベート支払の意味を含む贈与類似の契約とみることができるところ、《証拠省略》によれば、被告は原告に対し昭和五一年六月初旬奨励金一〇、三六九、六七〇円を支払う旨書面で意思表示をしたことが認められるから、書面による贈与の規定を類推適用し、その撤回は許されないものというべきである。

2  条理上の撤回について判断する。

《証拠省略》を総合すれば、被告は、全国の直販組織確立を目的として、昭和五一年三月頃原告をも含む各取引先に対し全国を数ブロックに分け各地域に販売会社を設立することを企画提案したが、原告は、右企画が実現すると原告の売上が大幅に落ち、また、従来の顧客を奪われることになるので、右提案について反対したため、被告との間に意思の疎通を欠くようになり、原告において取引関係の先行きに不安を感じるようになったこと、原告は、同年四月から五月にかけ訴外東京商業興信所中部本社に被告の関連会社であって本件マリンゴールドの製造元である訴外株式会社海洋牧場の調査を依頼し、その頃調査報告書を入手したこと、右調査報告書の写がどのような経路をとったか不明であるが第三者に渡ったこと、原告は、原告の売上の七割から九割を占めていたマリンゴールドを被告が出荷停止したため、自社の営業が成りたたなくなることを恐れ急拠マリンゴールドの類似品の販売準備をしたことが認められ(る。)《証拠判断省略》

しかし、前認定の調査報告書が被告及びその関係者についてもっぱら非難中傷を内容とするものとは認められないし、原告が右調査報告書を意図的に第三者に配布したと認めるべき証拠はない。

そして、《証拠省略》によれば、被告は前記調査報告書が第三者に渡ったことを知った後において販売促進奨励金明細書を原告に送付したことが認められるのであるから、その後になって右調査報告書が第三者に渡ったことを理由に右奨励金支払を撤回することは許されないというべきである。

なお、《証拠省略》によれば、前記マリンゴールドの類似品に関し原告が被告のパンフレットを盗用したことが認められるが、これは前認定の原被告間のいきさつを経て被告の出荷停止後原告が自己防衛上類似品販売に用いたものであるから、この点について被告が損害賠償を求めるならば格別、このことをもって、過去の業績に対する報酬ないしはリベートとしての性質をも有している本件奨励金支払の意思表示を撤回する理由とはなしえない。

従って、背信行為を理由とする撤回の抗弁は理由がないというべきである。

3  権利濫用の抗弁について判断する。

被告は、本件訴訟において原告は奨励金の支払を期待していないとか、本件訴訟が専ら被告の地域販売会社設立運営に対する妨害的意図をもってなされている旨主張するが、これを認めるべき証拠は何ら存しない。従って、本訴訟が権利の濫用であるということはできないから、被告の該抗弁は理由がない。

4  被告は、奨励金支払契約を解除する旨抗弁するが、以上認定の事実を検討しても解除理由は認められないから、該抗弁も理由がない。

四  結論

よって、本訴請求は本件販売促進奨励金のうち金一〇、三六九、六七〇円及びこれに対する弁済期である昭和五〇年六月一日から完済に至るまで年五分の割合による利息金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小沢博)

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